kojack-ferrariのクルマ道

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イタリアの誇り ~Ferrari 失うことのない永遠の輝き~

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今回は、フェラーリのハナシです。

代名詞

Ferrari』という言葉を聞いて、真っ先に思い浮かべるのは何でしょうか?

スーパーカー
成功者?
よく燃える?😅

まあ、どれも当たらずとも遠からず。
逆にいえばどれも当てはまりません。 少なくとも自らの経験では😉


でも、世間一般にはスーパーカーの代名詞といえば、やはり『Ferrari』ということになるのでしょう。
それほど自動車史に残るレーシングシーンでの数々の栄光と驚愕と嘆息の入り交じるような魅惑のストラダーレ(市販車)を生み出してきたということの証かもしれません。

エンツォの功績

フェラーリ社は、イタリアの元レーシングドライバーであるエンツォ・フェラーリによって、イタリア北部のモデナ近郊の町・マラネロに1947年に設立された会社で、主にレーシングカーとスーパーカー(高性能スポーツカー)のみを製造している自動車メーカーです。

引用元:webCG https://www.webcg.net/articles/-/40880

1898年モデナで生まれたエンツォは、第一次世界大戦参戦後(肋膜炎で除隊)、1920年にイタリア・アルファロメオレーシングドライバーとなり、「タルガ・フローリオ」で2位に入るほか、国内でいくつかの勝利を挙げるも体調不良などにより1932年に引退。
その後、アルファロメオワークスチームのマネージャーなどを経て、1947年に自らの名を冠した自動車メーカー『Ferrari』社を設立したのです。

初期のフェラーリは、レーシングカーのみを製造するとともに、レーシングチーム『スクーデリア・フェラーリ』を率いて、レース活動に勤しむスタイルでした。
レーシングカーをディチューンしてストラダーレとして仕立て、貴族や富豪など限られた層に販売することで収入を得ていました。
モータリゼーション黎明期に、このようなアプローチで自動車メーカーとしてビジネスを成立させたことはエンツォの偉大な功績であり、その後のブランディングや自動車界での不動の地位を得ることになる礎となったことは疑う余地もありません。

永遠の輝き

1950年代から、『250』シリーズを皮切りに本格的なストラダーレの製造・販売を始めたフェラーリは、1957年、カロッツェリアピニンファリーナとデザイン及びボディ製造の独占契約を結びます。
引用元:Octane https://octane.jp/articles/detail/1986/5/1/1

これにより、レースにおける活躍によるブランドイメージの向上や性能の高さ、デザインの美しさが高い評価を受けて、欧米を中心に高性能市販車としての地位を確固たるものにしていきます。

また、「12気筒エンジン以外のストラダーレはフェラーリと呼ばない」といったエンツォが語ったいくつもの逸話が伝説となり、フェラーリストラダーレはクルマ好き、スーパーカーマニアの間では神格化された存在に。
『250GTO』、『512BB』、『テスタロッサ』、『812スーパーファスト』といつの時代も速さと美しさにおいて頂点を極めるフェラーリ
イタリア人がフェラーリをして ”イタリアの誇り” と胸を張るのも頷けます。

Ferrari
失うことのない永遠の輝き

これまでも、これからも。

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